尾形さんはフリーの整体師として働きながら、ダンス活動を続けています。今回はベルギーのダンスカンパニーROSAS(ローザス)でのお仕事の様子をお聞きしました。
<2015.07収録>
———整体でベルギーに行ってきたそうですね?
はい。ダンスカンパニーRosas(ローザス)の仕事で、ダンサー達の身体のケアをするために、3月下旬から2カ月ほど行ってきました。
ベルギーに行く直前に2年ぶりの風邪をひいてしまって、飛行機の中で鼻水が洪水のように出て、ブリュッセルに到着した次の日から、声もよく出ない状態で仕事に臨むという申し訳ないことになってしまいました。
会場はブリュッセルの昔ビール工場だったアートスペースで、エキシビジョンにはローザスの他にも、アフリカの女性アーティストが常設展示で出展していたり、ローザスの主宰のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマーケルがソロ作品を作って発表していました。
着いてすぐ作品を観せていただきました。「Work/Travail/Arbeid」という、ミュージシャンの奏でる音にダンサーの振りが細かいところまで重なって、まるで音を観るような、動きを聴くような、素敵な作品でした。
使われている楽器は、バイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、クラリネット、あとピアノ。時間帯によって楽器1つだけとか、ストリングスだけとか、ピアノ1台とか、たまに全部の楽器とか、それぞれの演奏にからんでダンサー達が踊っていました。
2カ月間、水曜日から日曜日の11時から18時まで、いつ訪れても踊っているという長丁場の舞台を、ダンサー14人、ミュージシャン6人が、1時間ごとのシフトを組んで回していました。
———どんな人が観に来るの?
平日の昼間は学校毎で大勢の学生が観に来ていたり、土日は小さい子ども達からおじいさんおばあさんまで色んな人が観に来ていました。最初は「こんなに長くやって人が来るのかな?」って思ったんですけど、みな映画を見るのと同じような感覚で来ていて、改めて「ダンスが身近な環境だな。」とうらやましく思いました。

———現地では整体をどのように行っていたのですか?
会場2階の一画を借りて、2時から6時まで施術をしました。楽屋に予約表を貼って、踊り終わった人から順番に受けに来て。最初は風邪で声も良く出ず、英語も久しぶりすぎて聞き取れなくて、休憩なしの4時間ぶっ通しの施術はけっこう大変でした。
みな初めての人ばかりなので、「How do you feel today?」と毎回最初に聞いてたのですが、みんな必ず「fine!」と言ってくれて、「あ、大丈夫なんだ。」と身体を触ったら「ん?全然大丈夫じゃないじゃん!」ということが続きました。あちらの人は身体の調子が良くなくても最初に必ず「Fine!」と言ってくれるので、初めは惑わされました(笑)
ダンサー達はみな疲れが溜まっていたので、最初の1週間くらいは筋肉の表面の硬さを取る施術をしていきました。2週間目以降、だんだん良くなってきて、「みんな反応が早いな。」と思っていたら、3週目あたりからまた筋肉が硬くなってきました。
ダンサー達には1日2回3回と踊っている人もいて、楽屋にはケータリングやお菓子がたくさん置いてあり、ダンサー達に聞いたら「休憩1時間だと周りにお店もなく食事を取るのも難しいので、チョコとかナッツを食べてまた踊っている。」と…。
そういうのもあって肝臓が疲れてきたんでしょうね。さらに暖かくなってきて、冬に溜め込んでた色んなものが身体から出てきて、肝臓が疲れているのできちんとデトックスできず、いい血液が廻らなくなって筋肉が硬くなっちゃったのかなと思いました。
それで週に2回、小さい焼きおにぎりを20個とか30個とか作って、ダンサー達に施術プラスおにぎりを食べてもらいました。ダンサーにも喜んでもらえました。
———施術しながら色々お話をしたり?
整体って、単に肉体的な疲労を取ったり筋肉の張りをほぐすだけでなく、顔の表情を見たり生活習慣など色々なことを聞いて、身体の中のことを推測するんです。中国医学では、怒りは肝臓、恐怖は腎臓、悲しみは肺、喜びは心臓と関係があると言われています。
悲しいとか怒っているとかがあると、そういうのも臓器に出て来るので、「ここの張りがなかなか取れないのは、こういう推測があるんだけど…。」とか言うと、「何でわかるんだ?」ってびっくりされたりもしました。

———ダンサーの身体ってどうですか?
ダンサーと言っても筋肉や骨格は人それぞれなので一括りにはできないのですが、感度のいい人だとちょっと頭とか首を緩めるだけで全身フニャフニャになるし、うんとほぐさないと中々ゆるまない人もいます。その違いですが、ダンサー達と話していて思ったのは「やっぱり食生活かな。」と思いました。
和食とかマクロビオティックを取り入れて、日頃から食事に気をつけてる人は身体が素直だし、お肉や甘いものばかり食べて、あまり食事に気を使ってない人は、身体がちょっと頑固です。
———整体用のベッドは日本から持っていったの?
ローザスで使っているベッドを借りました。向こうの人の体格に合わせているので、まぁ大きくて幅も広いし、一番低いものでも「高っ!」っていう感じでした。
整体のベッドはそんなに幅はなく高さも低めなんですよ。特に高さは力のかかり具合もあるので、「どうしようかな。」と思っていたら、1、2週間立つうちに「高いほうがいい。」って思うようになったんですよ。
かがまないので施述していて楽だし、力を入れずにただ触れたりするだけでも、今まで体重をかけてやってた時と効果が変わらなかったんです。前かがみになると力は入るけど、入れた力に対して身体も力で返してしまうと言うか…。
———今時の政治みたいな話ですね。やさしく触るほうがアンテナが敏感になるんでしょうか?
そうなんですね。繊細な人ほど、ただ触って共鳴させるだけで大丈夫でした。女性の方が感覚は鋭いと思います。あとゲイの人たちの身体は、もしかしたら女性よりも感受性が鋭いかも知れません。今回は4人ほど会いました。
そういう感度は段階があるので、身体が気づくまでは少し圧をかけてあげて、身体が細部までよく気づくようになったら触るだけで整っていきます。まだ練習中ですけど、これからは極力ちからを入れずにやっていきたいと思っています。
———演奏者にも施術を?
ミュージシャンも受けに来てくれて、ミュージシャンの身体の方がちょっとまずい状態でした。普段座って演奏してる人が、パフォーマンスの中に入って一緒に演奏するので、チェロの人とかはチェロを首に引っ掛けたりして肩や腰、膝に来ていたり、クラリネットの人は筋肉が固くなって呼吸が浅くなっちゃったり。
パフォーマンスのルールの中で演奏しなきゃいけないとか、色々ストレスがあったと思います。身体を整えることで音に変化があるのか、後から演奏の感覚を聞けたりしたのも興味深かったです。

———向こうで、整体の評判はどうでした?
自分の施術がどういう風に受け入れられるのか不安でしたが、最初の週は全員が予約を入れてくれて、それからもずっときてくれたのでちょっと安心しました。
みんなに「これは何て言うの?」って聞かれて。整体って日本でできたものなので翻訳語はないんです。整体が世界共通語になればいいんですけどね。しいて言えばオステオパシーですが、みんなには「Naoko’s Finger pressure」とか「Naoko’s Massage」とか呼ばれていました。
自分の中では整体という言葉もしっくり来ていなくて、自分でいいと思ったものをかき集めて作った流れなので、マッサージでもあるし指圧でもあるしヒーリングでもあるんです。
身体も楽器のような気がしていて、身体の奥の目に見えないところの調節をして、いいパフォーマンスをしてもらうイメージです。そう言う意味では、「身体調律師」と言うのががいちばんしっくりくるかな。
———身体調律師、いい言葉ですね。アンヌテレサも施術を受けましたか?
はい。ちょっと空いた時に「どう?」みたいな感じで来てくれて。でもめちゃくちゃ忙しい人なので、施術も丸々1時間は受けられなくて「15分で。」みたいな。
———そういう時は、何か話すの?
いいえ。すぐにもうグーグー寝ちゃいます。でも「あなたが来てくれて本当に良かった。おかげでみんな乗り越えられたわ。」って言っていただけたのは嬉しかったです。私も彼女の踊っている姿を久しぶりに生で観られて感動しました。
———整体はローザスの福利厚生みたいなものですか?
そうですね。私はローザスから報酬を頂いていたので、ダンサー個人はタダで受けられました。ギャラは事前に提示されて、でもそれが経理にちゃんと伝わっていなかったらしく、帰国する直前にやっと振り込まれて、ちょっとドキドキしました。やっぱり最初にちゃんと契約書を交わすのは大事だと思いました。
———どこで暮らしていたの?
ローザスの人のお家に泊めさせてもらいました。ほぼ毎日自炊していて、お米はチャイニーズショップで買いました。向こうはビオショップが多いので有機野菜が美味しいんですよ。体調が悪かった時はずっと日本から持っていった味噌汁を飲んでいて、「やっぱり日本人は味噌だな。」って思いました(笑)。昼食は出勤前にRosasでマクロビランチをいただいていました。
———ベルギーは、パンもチーズも美味しいですよね。
そうなんですよ。でも、私は牛乳は昔から体質に合わなくてお腹を壊しちゃうし、小麦粉も食べたあとにちょっと身体がかゆくなるので、行く前はやめていたんです。でもそれらが一番美味しい国に行ってしまって(笑)。
向こうでチーズを久しぶりに食べて不思議な感覚を味わいました。消化器系や脳みその隙間に、膜が貼るような感じがして。でもベルギーのパンはやっぱり美味しいし、向こうで食べて最初はかゆかったけど慣れるもんですね。

———今回、行ってみてどうでしたか?
なぜかブリュッセルに縁があって、今回で3回目ですが、行くたびに友達も増えて、みんなに来て欲しいって言われ、向こうに住むこともちょっと考えました。オステオパシーや指圧も人気があるみたいなので、向こうでやっていく自信はあります。
ベルギーは英語も通じるので生活しやすいと思います。物価は日本と同じくらいかな。野菜とかは安いですね、家賃もブリュッセルの中心地は高いけど、ちょっと郊外に行くと安いです。移民も多く、全人口の6割くらいを占めています。
向こうでニチジョOGに会いましたよ。ローザスと王立モネ劇場によって設立されたブリュッセルのコンテンポラリー・ダンス専門学校「P.A.R.T.S(パーツ)」の2年生で、「卒業したらベルギーでオーディションを受けて、ダンサーとしてやっていきたい。」と言っていました。ローザスも今はほとんどがフリーランスのダンサーらしいです。みんなそれぞれ他に仕事をやりながら、プロジェクトごとに集まってツアーで回っています。
———ベルギーに拠点を移すことも考えている?
でも私は踊っていないと自分を保てないので、踊りに関しては日本でのつながりを大事にしたいと思っているんです。日本で色んな人たちと一緒に作品を作っていくのが楽しいので…。整体で働きながらダンスをしてヨガもしてっていう、そのバランスが保てる場所はやっぱり日本なのかな…。
———これからの予定は?
ローザスの仕事で、来年2月にまたパリに行く予定です。今度は2週間ぐらいになると思いますが、1日10時間というさらにハードな感じになるらしいです。まだ口約束なので、確実に行くかどうかは分かりませんが、ダンサー達は私を呼んでくれるよう協力するって言ってくれてます。
実はベルギーから帰ってきてからあんまりガツガツ働いていないんです。踊りのお話が最近多くてイベントやライブに出たりしています。11月には久しぶりに舞台で踊ります。そういう活動が今後に繋がっていけばいいと思っています。
最近は食生活に一番興味があって、自分の食生活を見直しています。自分の食べているものがどこから来てるのか、どういう風にできているのか気になるんですよ。
———禅僧のようですね。豆一粒、感謝しながらいただく…「功の多少を計り、彼の来所を量る」みたいな(笑)?
まさにそんな感じです。このまま行ったらやっぱり農業かな(笑)。
尾形さんは教員として働きながらダンス活動を続けていましたが、整体の勉強をして整体師になりました。インドで整体師の仕事に就き、今はダンサーのフィジオセラピストとしても活躍しています。
<2014.04UP>
———整体師ってどんな仕事ですか?
手技を使って、筋肉を解したり、ツボを刺激することで、身体の気と血と水のバランスを整えていく仕事です。今は個人経営で、自宅にお客様に来ていただくかたちでやっています。宣伝はホームページでしかしていないので、ご紹介や口コミのお客様がほとんどです。私はずっとダンスをやっていたので、お客様もやはりダンス業界の方が多く、現役のダンサーさんとか指導者の方、舞台監督や制作の方などもいらっしゃいます。
こちらから出かけていって施術することもあります。今は、ダンスカンパニー「Co.山田うん」の専属フィジオセラピストとしても活動していて、ツアーに同行してダンサーの身体のケアをしたりしています。
———ダンサーにはどんな施術を?
ダンサーの場合は本番前にあまり整えちゃいけないんですよ。踊れなくなっちゃうので。そこはすごく気をつけています。リハーサルを見て、軸足はこっちとか、この動きが多いからここに負担がかかっているとか、そういうのを踏まえた上で、本格的に治すというよりもその人に合わせてピンポイントでやる感じです。例えば足首が痛かったら、その原因を探して痛みを押さえたり。
———整体とマッサージはどう違うのですか?
整体師は民間の資格で、マッサージ師は鍼灸、柔道整復師と同じように国家資格です。ただ整体もマッサージの手技を使うので、その辺は線引きが難しいところです。整体は色んなもののいいとこ取りというか、その人の症状に合わせてアプローチを考えて施術方法を選択します。
自分の中では、この5年ぐらいで基本的な施術の流れは決まってきました。まず問診をして、最近の食生活とか仕事内容、冷えや胃腸の調子、生活習慣の癖などを聞き、どこに身体の負担が溜まっているか予想します。お客様にマッサージしながら「ちょっと最近飲み過ぎましたか?」とか、「肺が疲れてますね。」とか色々聞いたり。触るとそういうのはだいたい分かるので。
触りながらその人の予想を立てる、占い師のような仕事ですね(笑)。結構入り込んで生活の悩みとかを聞くこともあります。お客様自身にどうなりたいとか、変わりたいとかいう強い気持ちがあると、やはり効果は高いです。
———儲かってまっか(笑)?
いや〜、自宅でやっていると天候に左右されますね。この間は土日が2週続けて大雪だったじゃないですか。ほとんどのお客さんがキャンセルされてしまって…。公演の時は、公演ごとに謝礼をいただく形でやっています。現状の課題は相場がないことでしょうか。例えば本番は見ないけどリハーサルだけ行った時にどれぐらい頂ければいいのか?とか。
今は「こういう感じだからまぁこれぐらい?」って相手と相談しながらやっています。目に見えるものではないので難しいんですよね。施術する時間は休憩時間しかなかったりするし。でもリハを見たり、作品のアドバイスとかもしちゃうし(笑)。ただダンス関係者の間でもこういったケアは必要だということを理解し始めていただいているので、あまり不安はないですが。

———整体を学ぶために専門の学校に行ったのですか?
1年間、行きました。ずっと通うわけじゃなくて、運転免許みたいに空いている時間に単位を取って行く感じです。卒業してすぐリラクゼーションサロンに勤めました。
———どうして整体師になろうと?
私自身踊りをやっていて、昔からケガが多く、治療院とか鍼灸とかカイロにお世話になりっぱなしだったんです。自分の手でそれを何とかしたいという気持ちもあり…。当時はやっぱり「自分が踊りたい。」という気持ちの方が強かったんですね。ダンサーの身体は普通の人とちょっと違うので、自分の経験から「他のダンサーにもアドバイスできれば。」と思っていました。
———舞踊学専攻の2期生ですね?
そうです。小学校5年生の時に青山劇場でミュージカルを観て衝撃を受け、それ以来どうやったらダンサーになれるかしか考えていませんでした。でもダンスを始めたのは高校に入ってからで、普通の人より遅いんですよ。
音楽大学の附属校に通っていて、母は私が音大に進学すると思っていました。母にダンスをやりたいとも言えず踊りたい気持ちを隠しながら、中学ではバレーボールをやっていました。高校1年の時、母には「趣味で。」と言って地元のダンススクールに通い始め、ジャズダンスとタップダンスをやっていました。
高3になる時に、音大への推薦を蹴って「体育大学に行ってダンスをやりたい。」と言った時には、母に猛反対されました。父は体育教師だったので何もいわずに応援してくれましたが。高校3年の夏に金井芙三枝舞踊団に入って、先輩達に揉まれながらモダンダンスを始めました。
———念願の大学に入って?
大学2年の時にローザスを見て衝撃を受け、コンテンポラリーのレッスンを学外で受けたり、ワークショップに参加していました。形よりも感覚の要素が大きいコンテンポラリーダンスは、踊っていても自分の腑に落ちるというか。母には毎日のように「いつダンスを止めるの?」って質問されて、「卒業したらちゃんとした職に就きなさい。」とも言われていました。
大学の掲示板に「ダンスと球技ができて、教員免許を持っている来年卒業見込みの人募集。」という求人が貼ってあって、私は中学の時にバレーボールをやっていて教員免許も持っているので、「これ私にピッタリだな。」と思って応募してみました。ラッキーなことに採用され、卒業後に私立の女子中高一貫校の非常勤講師になりました。
———非常勤講師をどれくらい続けました?
2004年から5年間。でも週に12コマだけなので、それだけでは生活が厳しくて、アルバイトも掛け持ちしていました。午前中はアルバイトして午後から授業とか。中3と高2、高3の授業を受け持ち、ダンスの専門は私しかいないので1人で教えていました。球技はバレーボールは教えられるのですが、卓球などはマシーン相手に自主練しました(笑)。
いやー、でも楽しかったですよ。超お嬢様学校であまりに世界が違うし、中学生は宇宙人みたいで。色々勉強になりました。非常勤講師になった夏に、「Co.山田うん」のオーディションに受かり、ダンスカンパニーの一員にもなりました。教員とアルバイトを掛け持ちしながら、ダンスもやるというハードな生活でした。

———教員とダンス活動は両立できましたか?
ダンスをやる上で、非常勤講師は休みが多いのでとても助かりました。学校にも応援していただき、1年目の夏にイギリス公演に行くというのでいきなり3週間休ませてもらったり。公演は土日が多いので、近場の国内ツアーだったら授業が終わってからでも行けました。授業が終わって本番という時はさすがにキツかったですが。
新作のリハーサルはだいたい本番の3カ月前から始めて、夜6時から10時までほぼ毎日やっていました。公演で全国を回ったり、新作のリハーサルをやったり、老人ホームや障害者施設、小学校でのダンスワークショップのアシスタントとしても活動していました。
ただ自分のダンスには色々と悩んでいました。身体の事を知らな過ぎるというか、動かしたい気持ちと自分の身体とのバランスが取れなくて、とにかくケガが多いんです。踊り始めたのが遅かったので、骨格ができあがってしまっていて、「こうやって。」って言われても、バレエをやっていた人はできても私にはできないことも多く…。
筋肉のことや、目に見えない意識のことなどもちゃんと勉強したいと思って、ちょっと自分にインプットする意味もあって整体学校に通い始めました。教員をやりながらカンパニーもやって、さらに整体学校に行くという、さらにハードな生活になりました。
その頃から田畑真希さんのタバマ企画に参加するようになって、スペインのダンスフェスティバルに行くことになり、ちょうど体育祭の時期に1カ月ほど学校を休まなければいけなくなり、学校に迷惑を掛けてしまうので、2009年の3月で学校を辞めました。
———それで整体師に?
地元の駅ビルの中にあるリラクゼーションサロンに整体師として勤めました。サロンのオーナーは整体学校時代の同級生で、自らも整体の技術を学びたいと一念発起した方でした。一緒に授業を受けた時に私の手技に惚れ込んでくれて(笑)、雇っていただいたんです。お客様商売なので最初は慣れなくて大変でしたが、そのうちにご指名をいただけるようになり、固定客も付いてきました。お客様は地元に住んでいる方が多かったですね。
整体の仕事を始めて1年半くらい経った頃、整体学校時代の友人から、ある会社がインドのニューデリーに日本人向けのホテルを作って、そこの整体サロンで働くスタッフを探しているという話を聞きました。その電話を受けた時、たまたまインド舞踊をやっている方の家に遊びに行く途中だったんです。「私、インドに呼ばれているかもしれない!」と思って(笑)、話を聞きに行ってみました。
お店を作る所から全部任せてもらえるということで、「1度、現地を見てみませんか?」と言っていただき、1週間ほどインドに下見に行ってきました。「ここが整体のお部屋になる予定です。」「生活はこういう感じになると思います。」とか丁寧にご説明いただき、挑戦してみようと思いました。2010年の冬から約2年間、ホテル付きの整体師として勤務することになりました。

———インドでの生活は?
会社が用意してくれたアパートで自炊していたのですが、最初は水があわなくて下痢や嘔吐が酷くて半年間ずっと病院通いをしました。屋上の給水タンクでサルが水浴びをしているようなお水で野菜を洗うのですから、洗っているのか菌をつけているのかわからない状態で(笑)。それでも後半は慣れてきて、その水で普通にご飯を食べていましたが。日本にいた時は胃腸が弱かったのに強くなりましたね。
インド人は自己主張が強くて、最初は言葉も通じないし時間を守らなかったり、買い物に行けば値段をふっかけられたり、ものすごく精神的に疲れました。娯楽がないから休みの日にする事も限られるし、ストレスが貯まりました。
仕事に行く前と寝る前に1時間ずつヨガをやっていました。日本でダンスの稽古前にやっていたアシュタンガヨガをやっていたら、体調が良くなってきてあまり物事に動じなくなり、周りの環境を受け入れられるようになりました。インドでヨガが始まった理由が何となく分かった気がしました。ストレスだらけの社会の中でヨガは必要だったんだと。
同じアパートの人は同世代が多く、夜仕事が終わったら誰かの部屋に集まっておしゃべりしたり、そんな仲間もいたので、インドでの生活も楽しめるようになりました。日本から来て、現地で工場を任されたりする駐在の方などは、責任も大きくインド人スタッフの育成とかも1人で何10人も抱えて、うつ病になってしまう方も多くいると聞きました。そういうことも整体を受ける事で緩和させることが出来ると思いました。
———女性が1人でインドで働くことについては?
ホテルのインド人スタッフはみんな19、20歳ぐらいで、私が29歳で独身って言うと「家族は?」って必ず聞かれました。「1人で仕事に来た。」って言うと「ありえない!」っていう顔をされました。インド人は気軽に海外旅行に行く人も少ないし、自分の国以外の事をあまり知らないので、初めて会う日本人が女性で独身で働いていることにびっくりするらしいんです。
インド女性は結婚相手を親に決められることが多いらしく、日本の現状を知って「羨ましい。」って言う人もいました。でもインド人には家族を大切にする良さがあって、家族みんなでご飯を食べるみたいな、当たり前だけど本当の幸せを知っている気がしました。
それと、向こうにいると運をすごく感じました。デリーは物乞いが多くて、私もあげるべきなのかそうではないのか最初は悩み、結局結論は出なかったんですが、「これは運だな。」って思いました。例えばクルマに乗って、運転手が物乞いの子にジュースをあげる。もらえないほうが多いんですけど、その子は運が良かったんです。そういうのを見て私が感じることも、その時に感じるべきだったというか、起こるべくして起きたことなんだと思いました。
———自分に起こるできごとはすべて必然だと。カルマですか?
カーストも、前世の業(カルマ)や輪廻転生の思想があるから受け入れられるんだと思いました。インドへ行くと得るものが1人1人違う気がします。今考えると、「あそこが本当に2014年として存在しているのか?」って思うくらい不思議な国でした。
インドに2年間いて、一度日本に帰ってから、また1カ月後にインドに行きました。

———どうしてまたインドに行こうと?
私は、不器用で気持ちもタフではありません。そんな私がインドでやっていけたのには、ヨガに救われた面もありました。だからヨガをちゃんと学びたいと思って。リシケシという町にあるヨガのティチャートレーニングコースに1カ月間通いました。そこでヨガを勉強して、その後も先生のサポート役としてヨガを続けました。
その時にニチジョOGの小山先輩に会いました。私が行っていた時に、先輩もネパールとか色んな国を旅していて、フェイスブックで連絡は取り合っていたんですが、2人ともヨガを学びに来て「やっと会えたね!」って。その後にダラムサラという所にもヨガで行ったのですが、そこで後輩のOGにも出会いました。やはりヨガを学びに来ていて。
———そこでニチジョOG同士が出会うことも必然だったのかな(笑)。
年末に父のガンが見つかり、急遽日本に戻ることになりました。あっと言う間に父は亡くなってしまい、日本にいて「これからどうしていこう?」と考えました。そうしたら、インドで私が学んだヨガの先生から「手伝ってもらえないか?」という連絡が来て、5月の終わりからまたインドに行くことになりました。「またインドに呼ばれた。」と思いました。
ちょうど5月の中旬にうんさんの公演が北京であるので、北京経由でインドに行くことにしました。うんさんは整体で身体が軽くなって踊りやすくなるみたいで、「ダンス界にもそういう人が必要だよね。」みたいな話になって、その時に「フィジオセラピスト」っていう名前をいただいたんです。意味はそのまま「身体のセラピスト」ですが。
その後インドで2カ月間ヨガの先生のサポートをして、ベルギーへ行きました。うんさんと池田扶美代さんが、7月から10月までブリュッセルのローザスのスタジオで作品を作るというので、日本から行くよりは航空券は安くなるので行ってみようと。向こうに友達もいるので「いざとなったら施術で稼げばいいや。」と思っていました。
うんさんと扶美代さんのクリエーションでは整体だけでなく、演出助手的なことやドラマトゥルグ的な役割とかもして、週5でリハーサルを見ていました。空いた時間でベルギーの友達やその知り合いに自分の部屋で施術をしたり。ローザスのダンサー方や振付家アンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケルの施術もさせて頂きました。東洋と西洋の身体の感じ方の違いもわかって自分の勉強にもなりました。
ローザスからもフィジオセラピストの話があって、「また呼ぶにはどうしたらいい?」と聞かれました。結局予算が小さくなってその話はなくなっちゃったのですが、「整体は世界でも通用する!」と思いました。
———その時点で、仕事として確立しましたね?
何もない所からポッと出てきたことなので最初はフワフワしていて、仕事かどうかもわからないまま、ただ目の前にあることをやっていただけですが、最終的には仕事として認めていただけたのでありがたかったです。それで去年の10月に日本に戻って来て開業しました。
———これからのビジョンは?
可能性がありそうな仕事なので、今は柔軟にチャンスを待っています。自分自身の経験したノウハウもちゃんと何かにまとめたいとも思っているんですけど。
———フィジオセラピストが舞踊団に必ずひとりいるということになるといいですね。
今のところ、私自身どこかに属するのはあんまり考えてはいないですけど、やっぱり自分の好きなコンテンポラリーダンス界を将来的にもサポートしていきたいと思っています。ただ日本の場合は、資金が潤沢にあるわけじゃないので、コンテンポラリーダンス界がもっと活気づくように期待しています。
でも日本のコンテンポラリーダンスは、色んな仕事をしながら自由にやってるから面白いような気もするんですよ。だから組織的として成り立つのがいい事なのかどうかわかりません。ローザスのダンサーも今は固定のメンバーが少なくてほとんどフリーランスらしいんですよ。やっぱり向こうも経済的に難しいらしくて。新作のクリエーションの期間だけ行って色んな所を渡り歩いているダンサーもいました。
———ヨガと整体は、クロスオーバーしますか?
かなりしますね。やっぱり自分の身体を知る事が一番必要なので、自分自身の身体を知るためにヨガをやったり。自分で身体を整体する方法とかツボの効果とかストレッチも含めてやっています。
———踊ることはどうですか?
4月5日にセッションハウスで踊るんですよ。人前でちゃんと踊るのは3年ぶりぐらいです。やっとアウトプットできる状態になりました。体力は落ちていますけど、自分の身体のことが前よりわかるので、不思議と身体は動きます。踊りと整体とヨガはすごくいいバランスなのでずっと続けていきたいです。

———世界の半分ぐらい回って、長いインプットでしたね(笑)?
大分かかりました(笑)。いいことか悪いことかわからないんですけど、ヨガをやってから欲がなくなってしまったんですよ。「生きる最低限のお金さえあれば。」って思っちゃうんです。今は仕事が全てではなくて、自分に無理のない生き方、生きることを中心に生活をしようと思っています。
———生きることって?
ほんとちょっとしたことです。片付けるとか、料理を作るとか、山を歩くとか…。その時その時の自分の素直な反応に従って生きる感じかな。今はテレビがないのでラジオを聞いているんですが、放射能とか添加物とかも、「もしかして逃げるんじゃなくて受け流すことも出来るんじゃないかな?」って思い始めました。身体に入っても…、
———スルーさせる?
そう。拒否する人はすごい拒否するじゃないですか。でもそれに関わる人が何百万人といるって考えると、何かもう無視出来ないところがあって、かといって逃げることもできない。「だったらありがたくいただいた方がいいんじゃないかな?」と思っちゃうんですよね。
———それはインドのお水で身体が丈夫になったからでしょうか(笑)?
それもあるかもしれない。身体ってそういうのも受け入れて強くなっていくので、人間の可能性に目をつぶっちゃいけないような気がするんですよ。