大澤さんは、クルマ買取販売店で店長をしていましたが、ずっと海外で仕事をすることが夢で、一度は会社を辞めてアメリカに留学した後、また元の会社に戻りました。入社通算10年後に念願がかなって、タイで働くことになりました。現在はタイから戻って人事の仕事をしています。
<2016.03収録>
———タイに行ってたんだって?
2014年から、ちょうど1年いました。もっといたかったんですけど、まぁこればっかりは会社の命令なので…。
———タイで何をやっていたの?
出店の準備です。うちの会社は、海外はアメリカ、ニュージーランド、オーストラリアに出店していて、基本は直営店なんですけど、タイだけは、日本のフランチャイズオーナーとタイの現地企業が合弁会社を設立して出店することになったんですよ。
タイの企業とうちのノウハウを使って事業展開するんですが、日本のフランチャイズオーナーはタイにずっといられないので、自分達がサポート役として現地に駐在して、建築会社と打ち合わせをしたり、ブランドロゴの管理をしたり、人材会社を紹介したりしていました。
タイの合弁会社の社員は、日本人とタイ人合わせて20人ぐらい。日本人社員は入れ替わり立ち代わりで、常に5人ぐらいはいました。
———タイ人の社員とはどういう風にコミュニケーションを取っていたの?
大事なことを伝える時は、タイ語と英語と日本語を話すタイ人の社員に通訳してもらっていました。タイ人社員の半分くらいは英語ができるんですけど、もう半分は自分の英語力よりも下で途中でタイ語が混じったりするので、普段は英単語を並べてあとはジェスチャーとかでやっていました。
それでも、タイ人社員とは仲良くなれましたよ。普通にご飯食べに行ったり、遊びに行ったりしていて、上司に「お前の英語力でなんでそんなに仲良くなれるの?」って不思議がられていました(笑)。
———どんなところに住んでたの?
バンコクの中心地、日本で言ったら新宿みたいなところです。サービスアパートメントって言うんですか?ホテルとしても利用するし、長期滞在する人もいて、ベッドや家具も付いています。週に2回ぐらいルームサービスやベッドメイキングもしてくれました。
ご飯はほぼ外食です。その方が安く済むんですよ。日本人は全員同じところに住んでいたので、夜はみんなで一緒に食べに行ったりしていました。そうなるとなんか海外に行っている気がしないので、たまに「自分はタイ人とご飯食べて帰るんで電車で帰ります。」という時もありました。

———前のOG図鑑で取材した時は入社2年目でした。あの頃は「アメリカに行きたい。」って言っていましたね?
あの頃、自分はずっと「ロスの販売店で働きたい!」と言っていましたが、行かせてもらえませんでした。「このペースで30歳になって、仕事でもプライベートでも行く機会を失なったら絶対後悔する。」と思って、勤めて4年目の春に会社を辞めてロサンゼルスに行ったんです。
向こうで語学学校に通って、自分が働きたいと思っていたロスのお店にも行ってみました。向こうの店長に色々案内してもらって「やっぱりここで働きたい。」と思いました。
ホームステイ先のホストマザーにはとても親切にしていただいて、「トモミは絶対、前の会社に戻ったほうがいい。ここまで来てお店を見に行って、ワクワクしたんだったら、もう一度戻ってきてここを目指しなさい。」と言われました。
グランドキャニオンやラスベガスなど色々行ったので、4カ月目にお金がなくなってしまい、日本に戻ってきました。向こうで誕生日を迎えて、27歳になっていました。
———日本に戻ってからどうしたの?
会社を辞めたのを機に、他の会社も見てみようと思いました。体育大卒の経歴を活かして、サーキットトレーニングのジムにインストラクターとして入りました。アメリカで5キロ太ったんですが、3カ月間インストラクターをしながらダイエットに励んだら、理想の体型になって「これはいいや。」と思いました(笑)。
ジムの契約が残り1カ月ぐらいの時に、前の会社の元同僚に連絡して「戻りたいんだよね。」って相談をしてみました。そしたら元上司から電話をいただいて、「お前いつから来れるんだ?」って。「今の仕事が1カ月後に終わるんで、そしたらいつでも。」と答えたら、「じゃあ、人事に言っとく。」と言われ、それから2日後に人事から電話があって、復職が決まったんです。
———優しい会社ですね。
はい、だからもう辞められないんです。ちなみにその時にお世話になった上司は、常に自分の人生のターニングポイントで関わってくれた人で、自分が店長になった時もその人のもとでやっていました。復職して、当時できたばかりの大型販売展示場で働くことになりました。
うちの会社の会長は、走ってユーラシア大陸を横断しちゃうような人ですが、その会長が社員向けの講演会をやった時に、「今ここで自分がチャレンジしたいことを言える人?」って訊いてきたので、「ハイッ。」って手を挙げて「自分は海外勤務をかなえたいです。今、女性で海外で働いている人はいないので、自分がまず行って、将来の女性リーダーを目指したいです。」とアピールしました。
その後、全国の販売優秀店が招待された食事会で、「イエス・ノーゲーム」みたいのをやって、役員が「この中で海外に行きたい人?」って訊いてきたので、私はボタンを押しました。他にも10何人か押してて、続けて「タイに行きたい人?」って訊かれたので、またボタンを押したら今度は3人になって、「それは私ですと言える人。」って言われて席を立ちました。
2年間大型販売展示場で働いた後に、再び店長試験を受け、その最終面接の時、上司に「今、店長行きの切符と、タイ行きの切符があったら、どっち取る?」って聞かれて、「店長はまた目指せるけど、タイ行きのチケットは2度と来ないと思うんでタイを取ります!」って答えました。その後しばらくしてタイ行きの辞令が出ました。
———念願の海外勤務だね。タイの人ってどんな感じですか?
タイ人は優しいですよ。地域によってタイプが違っていて、南の方は陽気で濃い顔をしていて、沖縄人をより楽天的にした感じです。北のほうは中華系が多くて、お金持ちが多いんですよ。どちらもコミュニティーがあるみたいで、家族はスーパー大事にします。家族が病気だとお休みしますからね。親を楽にさせるために働いているとか、仕送りしてる人も多いです。
———女性はどんな風に働いていますか?
女性の方が働いていますね。逆に「男はあんまり働かない。」って言っていました。そう言えば、ディーラーの営業もみんな女性で、マネージャーや管理職も女性が多かったです。女性が働くのは当たり前という感じでした。
子どもがいてもみんな普通に働いていて、お金持の家ではメイドが育てていたり、あとは、たぶんみんな親に預けてます。地方出身者は、子どもができたら実家に送り返す人もいるみたいです。デリケートな問題だからあんまり聞けなかったですけど。
離婚率も高くて、離婚はそんなに気にすることじゃないらしいです。自分も「子どもいる?」「結婚してるの?」とよく聞かれました。「いたらここに来てないよ!」って思いましたが(笑)。

———タイで旅行とか行った?
チームワークを高めるための研修旅行で、タイのホアヒンっていう避暑地みたいなところに行ったことがあります。1部屋に10人ぐらいで一緒に寝て、朝、順にシャワー浴びていて、私は「まあ、みんな女だからいいか。」と思ってバスルームから裸で出てきたら、キャーキャー騒がれて「服着てから出て来い。」ってまたバスルームに押し込められました。タイ人は人前で裸になることはあんまりないみたいで、温泉とかたぶん嫌だと思います。
あと、タイの友人達が「ひとり1000バーツで、みんなで旅行をしよう。」って言い出して、パタヤからフェリーに乗ってサメット島に行きました。「どう考えてもひとり3千4、5百円で2泊3日は無理だろう。」と思ってたんですけど、案の定、途中でお金がなくなっちゃって…。しかもご飯食べる前に。結局、自分ともう1人の日本人が「いいよ、出すよ。」って払わされました。でもまぁ、お給料を考えたらしょうがないかと…。
———現地の人のお給料はどれぐらいですか?
ホワイトカラーの仕事だと、だいたい3万から4万バーツくらい。1バーツ3.5円ぐらいだから、日本円にして10万円ぐらいかな。それでも貰ってる方だと思います。でもマーケティングマネージャーは英語ができたりしたので8万バーツとか、自分の給料と変わらないぐらいもらってました。でもすぐ辞めちゃうんです。タイでは3年持てばいいらしいです。
——— 一生同じ会社にいることはない?
ほとんどないと思います。同じ給料だったらこっちの方が楽とか、ちょっと魅力的なところが見つかるとすぐ移ります。会社に対する忠誠心はほぼないですね。入れ替わりが激しくて、でも変な感じでは辞めないので、辞めても普通に遊びに来ます。
職場にはLGBTの人もいて、みんなカミングアウトしていました。だから英語で呼ぶ時に、Sheって言っていいのか、Heって言っていいのかわからなくて困りました(笑)。でも本人たちはあんまり気にしていなくて、「どっちでもいい。」って言うんですよ。
———タイはLGBTの人にとっても生きやすいと聞きましたが?
全然ストレスなく生活できますね。でも会社の人は「性的指向の組み合わせが中々ビンゴにならないんだよね。」って笑っていましたが。
男装する女性をトムボーイ、女装する男性をレディーボーイって言うんですが、タイで一番仲が良かった子はレディボーイでした。もともと男だけど中身はめっちゃ女子、恋愛対象も男で、普通に「今日は、大澤んちに泊まろー。」みたいな感じで遊びに来るんです。
———ある意味、生き方に対して自由ですね。
何て言うか、「どっちが楽しいか。」で、感覚的に生きている気がします。仕事もちょっと放っておくとYou Tube見てたりして集中しないんです。マルチタスクは苦手のようです。与えられた仕事以外は基本しないし、その仕事を例えば1時間で終わったとするじゃないですか。後の7時間は自由なんですよ。「次に何しようかな?」とは考えない。「だって終わってるでしょ?」みたいな。
———いいなぁ(笑)。
だから自分ともう1人の日本人社員が、やたらセカセカ働いているように見えるらしく、いつも「大澤、顔がシリアス。スマイルね。」「大澤、スケアリー。リラックスして。」って言われていました(笑)。

———タイの交通事情は?
タイは日本車が多いですね。ハンドルも一緒なので。ミニバンはまだそんなに多くなくて、コンパクト車と、セダンが多いですね。あとピックアップトラックのシェアがすごく強い。向こうでは、ピックアップの方が使えるんですよ。荷台にすごい人が乗っていて、交通ルールなんてあってないような感じですからね。
渋滞がひどくて、町中はクルマが全然進まないんです。日本人なら「渋滞だから10分前とかに家を出よう。」と思うじゃないですか。タイ人は、「渋滞のせいで遅れるのはしょうがない。」って、平気で遅刻してくるんですよ。
トゥクトゥク(3輪バイク)は完全に観光客向けで、ボラれるので現地の人はまず乗らないですね。かわりにバイクタクシーがたくさん走っていて、後ろのシートに乗るんですが、めっちゃスピード出してすり抜けしたりするので怖いんですよ。運転手はヘルメット被っているのに、客は被らないんです。事故率が高いので会社は使用禁止でした。タイ人はバイタクに器用に横乗りで座っていて、バイクで普通に3人乗りとかもしていました。
メトロやMRTっていう普通の電車も走っています。バスもあります。MRTとスカイトレインっていうやつは日本の電車より綺麗なくらいで、わりと時間にも正確でした。
———屋台がおいしいんでしょ?
おいしいですよ。お昼はほとんど屋台ですましていました。タイ料理は何にでもニンニクが使われていて全般的に辛く、辛くなくてもパクチーとか入っていて、何かしら刺激的です。
タイの屋台の衛生管理のルールで、「地上から30センチ以上のところで調理をしなさい。」っていうのがあります。だいたい食器を洗うバケツが3つあって、まず1つめである程度落とします。次で洗います。次でバシャーンってすすいで、そこに新しいのを盛って出します。それ見てたら食べられなくなりますけどね(笑)。
———病気になったりは?
2回、当たりました。たぶん貝です。2回目の時は本当にやばくて、のたうちまわりました。休みの日の朝、家でゴロゴロしてたら、急にお腹が痛くなってきて、それが30分おきだったのが、20分おきになって、10分おきになって、5分おきになって、「陣痛ってこんな感じか?マジでヤバい。」と思いました。
友達に連絡して、病院に連れてってもらって、10段階の痛みレベルの怒った顔みたいなやつを示されて、8のところを指差したら、注射を打たれたんですよ。冷たい液体が身体の中に注入されて1分もしないうちに、スーって痛みが引いていきました。「え、何これ?」って。
———それはきっとモルヒネだね。
そのまま点滴を打たれて、半日入院しました。それ以来、胃が荒れちゃっって、食べても出しちゃうので、1週間ぐらいろくに食べられませんでした。タイ人の友達がすごい心配してくれて、お昼の時も「ご飯買ってきてあげる。」って。
私は「じゃあ、食べられそうなやつをお願い。」って言って。日本だとそんな時はおかゆとか素うどんじゃないですか?それが、「これ、うまいから!」って、けっこう辛いやつを買ってくるんですよ。「この状態で、うまいかうまくないかとかどうでもいいんだけどな。」って思うんですけどね(笑)。
———どうして帰ってくることになったの?
事業の見直しのタイミングで、ボスも変わって人の入れ替えをすることになって、自分ともう1人の社員が日本に帰ることになりました。

———海外で働いてみてどうでした?
良くも悪くも、自分の海外での実力が分かっちゃったと言うか…。語学力もだし、やっぱり海外で人のマネジメントはすごい大変だとわかりました。20代のような勢いではもう行けませんね。
———戻って今は何を?
人事で、海外勤務を希望する学生のリクルーティングをしています。会社は今、海外進出を打ち出していて、海外事業も多くなってきたので、自分ともう1人、ニューヨークに行っていた男性社員の2人で担当することになりました。
うちはリクルーター制度を使っていて、エントリーした学生に担当社員が最終面接までついて伴走するんですが、誰かの担当の学生が「海外に行きたい。」って話になると、私達がピンポイントで入ります。今、うちの会社にエントリーしてくる学生の3、4割が、海外勤務志望なんですよ。
でも、夢と希望しかないようなキラキラした目の学生が、「海外行きたいです!」って言うのを見ると、私は「そんな甘くないよ。」って冷静になっちゃうんですよ(笑)。
「海外ならどこでもいいの?」って訊くと、「いや、英語圏でないと。」「言葉通じないとか、もう無理じゃないですかー。」って言うんですよ。私が「タイに行ってたけど、なんとかなったよ。」って言うと、「いやでも、タイとかないです。怖くないですか?」って。「タイでないって言ったら本当、終わるよ?」と思います。
逆に数パーセントですけど、「英語圏では面白くない。」っていう学生もいて、本気の学生となんとなく興味があるだけの学生に二極化しますね。
———新卒でいきなり海外もある?
最初は日本の現場を経験させるので、行くとしても入社2年目、3年目です。採用時に行って大丈夫そうな人を選んでいます。店長クラスじゃなく若手を行かせるのは、仕組みづくりやマネジメントを経験させているんだと思います。
だから、人を引っ張っていける統率力も必要です。「英語しゃべれるから行きたい。」だけなら、「別にあなたじゃなくていいよ。あなたにしかできないことがなければ難しいね。」って言っています。
人事をやったおかげで、育成とか教育的なところも含めて、最近は「女性の働き方」みたいなことに興味が出てきました。
———ほう、女性としての働き方ですか?
今の会社は、男だから女だからっていうところもあまりないし働きやすいんですが、女性社員が25パーセントいるのに、女性の執行役員は1人しかいないんですよ。そういうことに興味のある人がいない、上昇志向がない人が多くて…。私はそれが歯がゆいと言うか、なんか悔しいんですよ。
どうやったらステップアップできるか自分でも悩んでいて、でも、よくよく考えたらそんなロールモデルを社内で探してもいないし、じゃあ自分が色んなことやって、その中で自分もステータスが上がっていけば、どっかで「大澤を目指したい。」っていう人が出てくるんじゃないかかと。
自分がリーダーになりたいとか出世したいと言うよりも、そういうことにガツガツなれるような環境を作りたいんです。今の上司は体育会系じゃないとダメなんですよ。なんか言われて「ハイ、すぐやります!」って走っていくタイプじゃないと。トップダウンだけど、その分仕事は任せてくれるのでやりがいはあります。
———なんか、仕事に生きてますね(笑)。
来月で34歳になっちゃいますが、悲しいけど今は仕事してる時がいちばん楽しいです。仕事がちゃんとできてないと落ち着かないというか、休みの日にたまに友達といても、上の空で「ヤバイ、あれやってなかったな。」「あっちも進めとかないと。」「明日キツイんだよな。」とか仕事のことを考えてしまって。それも良くないんですけどね。

———今の就活生、どう思いますか?
自分の人生なのに、自分で決められない人が多いですね。辞退の理由を聞いても、「親にあなたが車を売るなんて無理。」って言われたとか、「親が帰ってきてほしいって言われた。」とか…。なんかこう大きなことは考えないで、今あるパイの中で無難に生きていこうとしているように見えます。
特に女性の新人は、ボランティア志向の子が多くて、「お客さんから利益をもらうのが申し訳ない。」って言うんですよ。お金を儲けることが悪いとか、汚いことだと思っちゃうんですね。その割に「給料安い」って文句も言うから。
私は「じゃああなたたちの給料、どこから出てるんですか?」 って言うんです。買い取りの時も、高く買えばお客様は喜ぶけれど、その分会社の利益を圧迫しているわけで、「お客さまに納得してもらった上で、適正な価格で買い取るのは悪いことではないんだよ。」って…。
———企業は利益を出すことが大前提だから、安く買って高く売るのは商売の基本ですよね。
昨日ある学生に会って、「ちょっといいな。」と思ったのは、「この会社で稼げますか?」って聞いてきたんです。「若いうちはガツガツ稼ぎたいんです。」って。「そういう気持ちがあるなら大丈夫。」と思いました。彼女は、体育大の学生でした(笑)。
———今、日本で就職先がない人が、タイやシンガポールで働いていると聞きましたが?
ほとんどみな現地採用で、日本向けのテレマーケティングをやったりしています。給料は10万ぐらいだけど、生活費も安いからそこそこの生活ができるんです。それでハッピーな人もいるんですよね。
———グローバルになればなるほど、海外もまた日本人にとっての仕事場になりつつありますね。
これからは国境をまたいで仕事していないと、生きていけないのかも知れないですね。
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