OG図鑑
図鑑一覧
営業系
宮本 奈々(2007年度・健康スポーツ学専攻卒)
アパレルメーカー
 アパレルメーカーで営業をやっている宮本さん。部活でやっていたことが今の仕事につながっているようです。
<2010.2UP>


【何をやっているの?】
パレルの営業をやっています。会社はアパレルメーカーで、オリジナルブランドをいくつか持っていて、百貨店などにも出店しています。勤め始めて2年目です。
【どんな仕事ですか?】
夏・秋冬といった季節ごとにデザイナーから提案されたものを見て、どんな服を何型作るか決めていったり、お店の意見を取り入れながら今年はこういうのがあったらいいとかいった要望をデザイナーに伝えたり。
ンプルがあがってきたら展示会にかけて店舗から注文をとり、その月によって作る枚数やサイズを決めます。生産金額を割り振ったら、生産部門に発注して納期やデリバリーの管理をします。あとは毎日の売り上げの管理をして、売れる商品をお店に投入していく…。そんな感じです。
【会社に入ったきっかけは?】
ュウカツしていて、今の会社に行き当たりました。最初は面接していただいた部長が、全く喋ってくれなくて怖かった。一言ぽろっと言って終わりみたいな。私は、大学では毎日ジャージを着ていたしおしゃれでもなかったので、絶対に落ちると思っていました。
も、面接を受けているうちに、あの部長の下だっら、一生懸命働けるかもって思い始めました。面接を進めていくうちに、部長が「あなたは化けるわよ。一流のアパレル人になりたいんだったら、うちにいらっしゃい。」って言ってくれました。
 
【入社してどうでした?】
社して3カ月間は、研修としてお店で販売員をしました。『M』というカジュアルブランドで、研修後は本社でそのまま『M』の営業になり、関西地方の店舗を担当しました。
『M』を担当していた時は、がむしゃらに働いていました。でも楽しかった。全然状況がわからなくて、行き先も間違っていたかもしれないけれど、とにかく全力で走り続けている感じでした。毎日終電でしたが、それがぜんぜん苦じゃなかったし、新人が掃除で早く行くのもOKでした。
だ関西地方の店舗は、「お願いいたします。」とか言っていたのではなかなか商品が動かないんですよ。売り上げを伸ばしたくて、「全然売れてないじゃんっ、今月の売り上げ欲しいのっ!もうちょっと頑張ってよ!」みたいな乱暴な話し方をしていたら、案の定部長に一喝されてしまいました。
年後に異動になりました。今度は『W』という高級ブランドの担当です。芸能人がドラマの中でよく着ていたりします。売れているし、ネームバリューもある。社内で「『W』の営業になるなんてすごいじゃん、大抜擢だね。」って言われました。でも、私は『M』が好きだったから、この移動は悲しかった。私がイケイケでおしゃれな人ならまだしも、「こんなんでアパレル業界やってていいんですか?」って思っている私にとって、『W』というブランドはちょっぴり重荷でした。
【新しいブランドに移ってからは?】
「自分がブランドに合わせて、突拍子もなく変わらなくちゃいけないのか?」自分に何を求められているかわからなくて、「どうして私なんですか?」って部長に聞きに行きました。「あんたをどうして行かせたかわかる?普通にきれいな子を行かせたらまんまじゃない。あんたなら、きれいになりたい人の気持ちがわかるでしょ。あんたを努力させるために選んだの。」って言われて…。
れを聞いて「なんだ。そのまんまで頑張ればいいのか。」と思い、ちょっと安心しました。今、『W』を、課長と1つ年上の先輩と私の3人で担当しています。課長は50歳くらいで、『W』が似合うとてもかっこ良くておしゃれな女性です。先輩は、元モデルのイケメン男性です。先輩は売り上げを追求するあまり、お店に対して厳しいことも言う。私も『M』担当の時は厳しかったけれど、先輩と組むようになって変わりました。厳しく数字を見ながらお店と話す先輩、愚痴や不満も交えてフォローする私と、2人の役割分担ができました。
【先輩がいることで役割が変わったんですね。】
る日、仕事のことで先輩と言い合いになりました。元はと言えば私のミスが原因だったんですが、一方的に責めてきた先輩に私も負けずに言い返していたら、大喧嘩になってしまいました。気づいたら「もう、ナントカカントカじゃないんですかあ!」って大声でやり合っていました。
のチームの人が止めに入って、私はぼんって立ちあがってトイレに駆け込み、「くやしいっー。」って泣きだしました。同期の女の子が「大丈夫?」って探しに来たけど、泣いているってばれるのがいやでだまっていて、あとで出ていき同期の女性に「ムカつくっ」って話を聞いてもらっていたら、そこに喧嘩の相手が立っていました。
長が2人のことを心配していたというので、仲直りをした先輩と私は、帰りに部長が飲んでいたバーに行きました。「あんたちのせいであたしはさらに酔わなきゃいけなくなったじゃない。」と言いつつも待っていてくれたのは部長のやさしさだと感じました。
の日、喧嘩の発端になった百貨店に先輩と2人であやまりに行きました。「土曜日なのにこんな風に1日が終わっちゃうのは、もったいないね。」って言って、ヨドバシカメラの健康器具売り場で遊んで帰りました。普段は仲いいのに、仕事になると1日50回くらいイラッとするんです。先輩は夢を追いかけて退職するらしいです…。いなくなるとなると、それはそれで寂しい。
【営業の仕事は楽しいですか?】
事っていやなことがほとんどですよ。でも、新卒だろうとなんだろうと、仕事をしているからには、若いからだめとかここまでしかできないって思われたくはない。1つ上の女性の先輩は「自分は30歳くらいのつもりでやっている。」って言っています。私は、とにかくお店とコミュニケーションをとろうと思って電話しまくっています。『M』担当の時のように乱暴な喋り方はもうしていません。そこは体育大卒だからきちんとやっていけます。
話の回数って、やっぱり売り上げに影響すると思うんです。最初はぜんぜんつかまらなかった店長さんをやっとつかまえて、「昨日はどうしてこんなに売れたんですか。」、「これは売れてないから他の商品をまわすけど、何が売れそうですか。」とかやっていたら、そのお店の売り上げが伸びてきて。これってひとつのセオリーなんだなって思いました。まだまだ発見することがたくさんあります。
【会社はどんな雰囲気ですか?】
通の人が、普通に結婚して、普通に子どもを生む感じではないかも。そういう一般的な人は、あまりいない。部長は「だからこそあなたを入れたんじゃない。」って言っています。この世界でずうっとやっている人たちはすごいなと思う。隣のブランドはいつも12時くらいまで残っています。服が売れたとか売れないとか、ずっとやり続けている。「この人たちのモチベーションってなんだろう?」って時々思います。ちなみに部長は独身で男性です。
【自分の夢は?】
近、同期の女性と「あなたってどうなりたい?」「ここで何年やりたい?」っていう話になります。でもそれってたぶん、全部わかったフル装備の営業にならないと見えてこないと思う。今は営業って言っても継ぎはぎだらけの、営業に見せているだけの営業だし。
社にはいったら、将来が見えてくるんだろうなと思ってたんですけど、近未来の自分でさえ全然見えない。うちの会社は30代のキャリアウーマンがいないんですよ。上司の女性課長はかっこいいと思うんですけど、そこまで自分が生涯を服にかけられるかっていうとそれもわからない。
ザイナーはみんなこだわりを持っていて、いいとかわるいとか自分の価値観をはっきり言葉に出して直球を投げてきます。自分も早く「私はこう思う。」って言いたいんですけど。24歳の私が考えることと、『W』のターゲットの大人の女性が考える「買いたい」は違うんじゃないかと思い、なかなか自分の考えを口に出せない。同期の女性は商品を見て、「これかわいい」とか「これやだー」とかポンポン言います。部長には「あんたはいい子のふりをしようとしすぎなの。」って言われます。
はいい子で座っていたくないしもっとやりたいのに、走り出す方向がわからないんですよ。方向がわからなくても走っていた『M』担当の時の自分はすごかったなって、今になって思います。
【結婚願望は?】
婚しようとなったら、今すぐでもいけますよ(笑)。でも自分は恋愛体質じゃないんで、好きとかは思うんですけど、ずっと一緒にいてほしいとは思わない。土日は友達に会いに行きたいし、20代ってやっぱり、自分のためにある最後の時間だと思うから。
【自分にとって、ブランドって何?】
『W』の服は、ちょっとしたものでも5、6万はします。新宿のIデパートには、24万の毛皮のコートも出しています。そういう世界に関わっているのが、弱冠24歳の2年目でいいのか?とも思うんです。
ランドのことをわかるために「自分もなんかいい物を持とう。」と思い、『クロエ』の財布を買ってみました。「持っていることで自分が変われるかも。」と思って。でも1カ月で酔っぱらって落としてしまいました。
分には遊びが足りない。会社に入って、遊びも教養だと思いました。私が過ごしてきた4年間は真面目すぎたかも。いい悪いは別にして、もっとイマドキのことというか、そういうのがあっても良かったのかなと。遊ぶっていったら、部活の帰りに「湯煙の里」にいって、温泉入ってビール飲むみたいな感じだったから。部活の仲間とも「楽しかったけど健全すぎたね。」って言いあっています。
【ニチジョではどんな生活だった?】
康スポーツ学専攻でした。オープンキャンパスで観た先輩の踊りにあこがれて、モダンダンス部に入部しました。大学に入るまでは水泳と空手をやっていて、ダンスなんて全くやったことなかったのですが、私は熱心なWillの購読者で(笑)、2003年のWillに載っていた健康スポーツ学専攻でモダンダンス部に入ったH先輩の話を読んでいました。
【ダンスを始めてみてどうでした?】
らだが堅く、仮入部の時ストレッチをしていきなり肉離れになったり、みんな一列に並んで「いきまーす。」ってジャンプをしていく中、私は足があわなくて走り抜けていたり。最初はそんなのばっかりでした。みんながフロアで練習をやっている時に、ひとりだけ廊下で3、4年生に教えてもらっていました。
くうまくなりたいと思って、空き時間にダンス教室に入りびたって自主練していたら、舞踊学専攻のM先生に「おまえここに住んでるのか」って言われ、私みたいのはめずらしかったらしく、先生にはその後もずいぶんかわいがっていただきました。タップの先生にお願いして、もぐりで授業を受けさせてもらったり、自分がだんだん上達していくのが嬉しかった。
も「ダンスやってます。」とは、恥ずかしくてなかなか言えませんでした。2年生になると後輩が全国から入ってきて、その子達はやっぱりうまくてきれいなんです。「負けたくない。」とも思ったけど、「私が踊ってるのって、傍から見てきっと滑稽で不細工に見えているんだろうな。」と思ったり。
【4年間モダンダンス部を続けられたのは何だと思いますか?】
3年生になって、みんなに請われて衣装係になりました。生地の名前も服の形もわからなかったけれど、ユザワヤとかに行って研究をして、試作用のコスチュームを徹夜で3着縫いあげ、先輩に着て踊ってもらったりしました。先生が「ノー」と言って没になっても、それがなんか楽しかったんですよ。
分がこうしたいと思うとやっぱり一生懸命になるじゃないですか。自分の役割ができたことで、自発的になれたというか。いつの間にか自分が踊っているのも、不細工だとも感じなくなっていました。そうしたら後輩に対しても、素直にすてきだなと思えるようになった。
地を買いに行って型をおこして、裁断してみんなに渡して、作ってきてもらった衣装をチェックして。同期のKはとんでもなく不器用で、「そこ縫うところじゃないだろ。」って毎回飛び蹴りものでした。かわいいのが大好きなTは、勝手にリボンなんかくっつけてきて、「え、だめだった?」「だめに決まってるだろ。」って私に怒られていました。
活を終え「今日も疲れたね」とか言って、夜10時くらいにダンス教室から出てくると、グリーン広場で、同期のTとKがインプロで裸足で踊ってるんですよ。「ああ、気持ちよさそうだな。こいつら、ほんとにダンスが好きなんだな。」と思いました。今でもわたしはダンス部の後輩のファンだし、Tたちのファンです。
【どんなシュウカツだった?】
学療法士になるために卒業後は専門学校に入ろうと思っていたのですが、研究室のU先生に、「あなたがスポーツを通して見ている世界はまだまだ狭い。理学療法士でスポーツ選手のトレーナーになれるのはごく一部ですよ。そういう人でもリハビリセンターでは一般の人をみています。いったん社会に出て、もっと幅広く仕事の世界を見てみなさい。」って言われ、シュウカツしてみることにしました。
職ゼミの仲間がよかった。医療機器メーカーに行ったS、テーマパークに行ったF、複写機メーカーに行ったN…。誰かが面接で落ちると、「飲みいこっー!」って、みんなお酒が強かったからぐいぐい飲んで、「私を落とした会社なんて呪われちゃえー。」って言いたい放題言っているだけで楽しかった。ひとしきり喋ると気持ちが整理できて、「みんな、有意義な時間をありがとう。」って、またそれぞれの面接に行き…。
のあいだ、SとFで一緒にご飯食べたんです。「私たちって、仕事や将来の話をするのにいちばんいい仲間だね。」って。ゼミで将来どうなりたいとか基本的なところをやって、シュウカツの過程も知ってるから、前説ナシでホンネで喋れる。みんな仕事つらいし、弱音を吐いても受けとめてくれる仲間がいるってほんとにいいと思う。
チジョに行って、私は誰よりもニチジョをフルに使ったと思います。恋愛運はまったくないんですけど、人に出会う運だけはピカイチだと思うな。
<2009.10収録>